#ブラチェ版深夜の真剣文字書き60分一本勝負

【未練】【運動会】【秋晴れ】
昼花火があがる。久しぶりに開催される運動会には一般の来場者も多く訪れているようだった。信号器の音や歓声が秋晴れの空に吸い込まれていく。
 心地よい風に揺れた薄紅色の髪を夜光がかきあげた。
「本当にここでいいの?藤堂さん」
 リシェール学園を見下ろす位置にある雑木林のほんの少し前に腰を据えた藤堂に声をかける。急ごしらえに借りたブルーシートにあぐらをかき、藤堂は取り分けられた昼食を受け取った。
「ええ、ええ。わしのような人間が混ざるのもよぉない」
「風間先生は構わないって言ってたわよ」
「気ぃ使わすじゃろが。なんじゃ、われも弁当作ったんか」
「そぉよ~? ほんとはみんなに食べてもらおうと思ったけど。もちろん食べてくれるわよね」
 ニコニコしながら手渡された弁当箱のふたを恐る恐る開ける。やはり普通の飾り付けではなく、震えそうになる手をおさめて伏せた。むしろ自分が受け取って良かったなと夜光の顔をじっとりと見つめる。
「なによぉ!」
「われ、楽しそうじゃのぉ」
「楽しいわよ」
 カラッと明るい声で笑みを見せる。
 オーグルの数も減り、今では学業や恒例行事なども行われ始めている。はしゃぐ中高生の若いグループを羨ましそうに眺めながら夜光は藤堂の横に座る。
「アタシ学生時代はちょっと荒れてたじゃない?」
「まぁ、そうじゃな」
 ちょっとというレベルではなかったが。というのは言わないでおいた。
「それでね、運動会や文化祭なんかもダセェ~なんて言ってちょっとカッコつけちゃってろくに参加しなかったのよ。余裕なかったっていうのもあったけどね」
「……あぁ」
「未練っていうか、ずーっと後悔はあったのよね。この先楽しいことなんて何一つない人生なんじゃないかって。でもねあの時暴れまわってもがきまくって、今こうしてみんなに会えたからよかったと思ってるの」
 藤堂は覚えてはいないが。それとも、覚えていないふりなのか夜光が荒れに荒れていたときに手を差し伸べたということになっている、らしい。恩人だと懐かれてはいるがそれだけは片付かない腐れ縁ともいえる偶然の重なりがあって、結局何年経っても──また隣にいる。
 弁当箱から顔を出す妙にふぞろいなポテトをフォークでつつき、ほおばる。
「味は悪くないんじゃがなぁ……」
「味はってどういうことよ」
 小言をいいつつ食を進める姿ににんまりしながら茶を差し出すと、藤堂は一気に飲み干して一息ついて歓声があがる校庭を向いたまま小さく呟いた。
「今からでもええじゃろ」
 スピーカーの音声が入る。マイクテストの後に100m走の一般参加を呼び掛ける風間の声が聞こえた。
「やってみたらどうじゃ」
「えぇ~、でも運動できる恰好じゃないわよ」
 厚底の大きな靴にちらりと視線を落とした夜光だったが『なお、一等の方には高級スイーツの…』と放送が耳に入るや否や、「アタシの雄姿を見ておきなさい!」と突然体を起こしてのしのしと丘を降りていった。その背中に頼もしいのぉと思ったが口に出ないように藤堂はもう一つのポテトを詰めた。

 怒号ともいえるような大きな声とともに砂煙をあげて走る姿が見える。一等の旗を振り、こちらに手を振っているようだった。
「やりすぎるのは昔からの悪い癖じゃのぉ……」
 食事の終わりに煙草をくわえる。
「未練、か」
 平穏な日々。極道だった時代からは考えられもしないあまりにも普通の、なんでもない日。 未練というものがあるのだとしたら、それはきっと今がそれになるような気がする。本当の意味で平和が戻ったとき自分は彼らとは一緒にいることはできないのだから。
「わしも、よかったと思うちょるよ」
 藤堂は笑いながらからっぽになった弁当箱のふたをしめた。
end