#今日の二人はなにしてる
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『今日の藤堂巴と平田勇太郎
旅行の初日。電車の中でおやつを食べる。ポテチでアヒル口をして遊ぶ。とんがりコーンを指にはめて遊ぶ。』
「あら珍しい、出かけるの?」
小さなキャリーバッグを転がしてきた平田に夜光が声をかけた。横には珍しく藤堂がいる。
二人だけで行動することは少ない。特に政治家とヤクザが仲良く酒を酌み交わす姿はマスコミが好む。
そこで二人は『偶然出くわしてしまい厄介事を増やすのも忍びないので仕方なく、本当に不可抗力ではあるが一緒に飲んだ』という体で夜光の店に足を運んでいる。
おそらく誰も納得しないし信じもしないだろうが。
「藤堂のことしばらく借りるから。よろしくね」
「借りるってなによ、ちょっとぉ~!」
平田は足を止めることなく先へ進む。
「どこでなにするんかも知らん」
「藤堂さんに変なこと教えないでしょうね」
「大丈夫ー!」
ひらひらと手を振って振り向きもしない。
「何かあったら連絡ちょうだい。すぐに飛んでいくわ」
「まあ、いつもの思いつきじゃろう。行ってくる」
夜光の不安げな表情に頭をポンポンと叩いてあとを追った。
「藤堂はキャンプも海も祭りも行かなかったろ」
洗浄区域には本数は限られるが電車も運行している。
向かい合って座る平田の髪が揺れた。ボックスシート横の収納テーブルを倒し、キャリーバッグを開く。
藤堂は腕を組んだ。
「わしゃ気にしとらんが?」
「俺が気にしているんだよ。せっかくなら今にしかできないことをしたいだろ」
美土里か菱垣にでも頼んだのだろう形の良いおにぎりと菓子をテーブルいっぱいに並べて最後にビールを取り出した。
カシッと乾いた音をたてて蓋をあけ一口含む。
「みんなで行くぞー! ってなったら遠慮してアジトに残るだろ」
筒状の菓子箱を重石にかろうじて板に乗るパンフレットに目を落とす。
「ここね、懇意にしていたんだけれどしばらく行けてなかったんだ。だからついでに」
「じゃが……」
「俺が藤堂と一緒に行きたいんだよ」
ふにゃっと人懐こい笑顔を向けられると反論する気もかき消える。
そのことを平田自身も知っている。「しゃあないのう」参ったとばかりに肩を揺らしてビールをあおった。
「悪い遊びにつきあわされるかと思うとった」
笑い飛ばすかと思った平田が黙り込んだので藤堂は視線を慌てて戻す。
「なんじゃ」
「え? 知らない?」
ポテチ二枚を口に挟んであひるのような真似をしているいい歳をしたおじさんがいる。
手で押し込んで噛み砕いたあと平田は当たり前のように二枚差し出す。
「わ、わしがか?」
「誰もいないんだしいいじゃない」
確かに座席を見るにこの車両に人はいない。藤堂は眉間にシワを寄せる。
「――わしがか?」
もう一度聞くと平田は「うん」と首を縦に振った。
「こう、か? ほいで、なにが楽しいんじゃ……」
「写真撮っていい?」
端末を取り出そうとする動作に藤堂がバリバリと噛み砕く。
「もう一回!」
「せんぞ」
「じゃあこれは」
右手人差し指に三角帽子のような菓子をはめて左右に振る。
「あぁ、……夜光がようやっとったな」
「探すのがまた楽しいんだよね。う~ん、今回はうまく揃わないな――あ、ちゃんと全部食べるからつまむならここから先のね」
長い爪のような指先でつつと線を引く。
おじさんの触ったお菓子は嫌かなと思ってと妙なところで遠慮する姿に藤堂は笑った。
「気にならんわその程度」
よけた菓子を手に取り試しに指に添える。入った。
平田は不自由な右手にまごつきながら銀色の包を大きく開いて真剣に吟味している。
「ん、なあに」
藤堂が右手を差し出す。空に止まったままの手に左手を添えた。平田の指はやはり年齢もあって節くれ立っているが幾分か長い。
「わしより手が大きいんじゃな」
「はは、そうみたいだねえ」
目尻にしわを浮かべる。
ややカサついた大きな手はするりと落ちてまた目当ての菓子を探し出した。
「菓子ばかり食いおって、腹が出るぞ平田」
「まだ出てないもん」
あざとく口を尖らせる姿に藤堂の笑いが車内に響いた。「あ」と平田が首を伸ばして外を見る。
海が顔を出した。
ウェットティッシュでゴシゴシと丁寧に爪の先まで拭いて窓に手をかける。
「潮の香りは……しないか」
「遠すぎるのう」
「気持ちいいねえ、同じ都内なのにだいぶ違う」
勢いよく放たれた風に藤堂の髪が揺れて崩れた。
「あぁ、ええのう」
「だいぶ遠くまで来ちゃったねえ。おじさん嬉しいなあ。今日は藤堂を独り占めだ」
「普段癒着だどうだと心配しとるやつが言うセリフか」
今回は言い訳するには苦しい。崩れた前髪を後ろへ撫で付けて呆れたようにため息をつく。
どこまでも続く緑と海の青。レールの継ぎ目を通過する音が心地いい。
「駆け落ちってことにしよう」
からかうように冗談を投げた。
「そっちのほうが後々面倒じゃ。ただの旅行じゃ旅行」
そっけなく事実を口にした藤堂に薄く細めた視線と笑みを向ける。
「どうせなら若くて可愛い子のほうが良かった?」
「いや……?」
藤堂の表情は穏やかで、「誰でもええと思うてはおらん」、とさも当たり前のようにするりと答えた。
その返事があまりに自然だったので平田は面食らった。急に気恥ずかしくなって笑ったついでに視線を外へ逃がす。
「ずるいなあ」
キラキラと光る水面を眺めてポツリと。
「藤堂はいつもそうだよ、ずるい」
ため息混じりに零すとずいぶん小さな返事が返る。
「そうやって、人に言わせようとするわれのほうが──ずるいと思うがの」
――おや?
覇気のない声に顔をあげると目を伏せて通路に視線を落としている藤堂がいる。これは怒らせてしまったかな、と苦笑いで頭をかきながらビールを一口。幼さすらある頬のラインを目で追えば耳の縁が少し赤い。酔うにはずいぶん早いことは分かる。
「ハハハ。温泉、楽しみだねえ」
明朗な声で平田はまた菓子に手を伸ばした。
end