#ブラチェ版深夜の真剣文字書き60分一本勝負
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【ダイエット】
「なんじゃ今の声は」
開いたドアから顔をのぞかせた藤堂の声は本人の耳には入っていないようだ。
アジトに響き渡るほどの絶叫をあげたのは夜光だ。横には同じように狼狽し、苦悶に満ちた顔の大雅もいる。二人とも一体どこから持ってきたのか大量の衣装をベッドの上から床一面にまで広げていた。
ふと目を下に向けると夜光の足元に銀盤のようなものが敷いてある。
「? 体重計か」
「イヤーッ、体重のことは言わないで」
「ウチもうイヤや…。完食だって少なくしてんのに、これ以上太ったらサイズが合わへん」
なるほど、と藤堂は部屋に入って表示されている枠を見下ろした。夜光の手が顔を遮る。
「見ないで!」
「まぁ、われは骨が太いからの。こんなもんじゃろ」
「太くない、太くないわ!か弱い乙女!」
しっしっと手で払われて大雅のほうを見る。可愛らしい服を握りしめて深い深い溜め息をついている。こちらもあまり嬉しい結果ではなかったらしい。
以前は不摂生だった食事も調理担当の若宮と菱垣のおかげもあってか食糧難のご時世には贅沢すぎるほどまともな食卓を囲んでいる。デザートつきで。その結果が体に出てしまうのもまだ人間らしさが残っている証拠とも言えるだろう。
「そんな心配せんでも、二人とも充分かわいらしいと思うがのう」
身綺麗にしている努力ぐらい誰でもわかる、と続けてベッドに腰を下ろすと二人は顔を見合わせて呆れたように眉をひそめた。
「藤堂さんってそういうところあるわよね」
「藤堂はんってそないなとこあるもんなあ」
「は?なにがか?」
『そういうとこ!』
桜威や桃華のように息を揃えた二人にものすごい剣幕で睨まれる。こうしてみるとまるで姉妹だ。どちらも男──特に横にいるのは過去の素行も知っているのだから姉と形容するにはいささか枠からはみ出しすぎているのだが。
熊殺し、の文字が脳裏をかすめたがかき消した。
「お、おぉ……すまん」
怒る理由はよく分からないがこの二人の勢いにはかなわない。反射的に謝罪を口にした。
「ところで、藤堂さん。なにか用でもあったの?」
「せや、だいぶ部屋遠いやろ?どうしたん」
「あぁ、言伝があったんじゃ」 当初の目的は紫からアジト内に残っている者への伝言を預かっていたのだ。この光景が面白くてすっかり忘れてしまっていた。
「今日は若宮も花梨ちゃんもおらん。各自好きに食事を取れっちゅうお達しじゃ」
「あら、そういえば見かけてなかったわね」
「ほなウチは我慢するかなぁ……」
「ダメよ、若い子はちゃんと食べなきゃ」
藤堂も頷く。それでな、と少し声を大きくして夜光の顔へ視線を投げた。
「たまには外食も悪うないか思うてのう。先月、通りに洒落た店ができたけぇ予約入れたんじゃ」
「ええー!あのお店に行くの?あたしも行きたい」
じたばたと地団駄を踏んで顔を覆う。
「われも行くか」
「行くわ」
「大雅もどうじゃ」
「……ええの?」
遠慮がちに見上げる視線は小動物を思い出させる。逆流が時折からかうのも分かる気がする、と藤堂は人の悪い笑みを浮かべた。
「ダイエット──してるなら、無理にとは言わんが?」
夜光が髪を揺らして首を振り大雅の肩を掴んだ。そしてお互いに確信を持った表情で大きく頷いてぐるりと藤堂に向き直る。
「腹が減っては戦えないのよ、ダイエットのことは明日考えるわ」
「せや、明日から!」
切り替えの早い、もとい、欲に忠実であるキラキラと輝いた目を前に藤堂は声をあげて笑った。分かった分かった、と腰をあげて軽く手を振って部屋から出ていく。
「ほいじゃ、あとでな」
『はーい!』
仲良く手をあげて藤堂の背中を見送る。
「なあなあ、なに着ていく?これなんてどう」
「これもいいわねぇ」
ダイエットの話はどこへやら、すっかり機嫌の良くなった二人は今度は服選びの話に花を咲かせ始めた。
明日考える、明日から──以前は前向きな言葉を出すことも聞くことも少なかった。現状は変わらない、むしろ酷くなる一方ではあるのだろうが、それでも、そんな中でもこんな些細なことで騒いだり喜んだりできる。懐はだいぶ寂しくなってしまうが、代わりに得られるものはあまりに大きく温かい。
「それでええ」
微かに聞こえる楽しげな声に藤堂は笑った。端末を手にとって番号を打ち込む。
「藤堂じゃ、何度もすまん。もう二人追加できるか?」
end